図書館前の廊下を通り過ぎていく、緑のネクタイの集団。
上級生から下級生まで、様々な年代の生徒達が歩いている。
女生徒達は遠巻きにそれを眺め、騒いでいる。
集団の中心を行く黒髪の少年。
思わず溜め息が出てしまうほどハンサムだ。
彼は先程から、何事か言っては皆を笑わせている。
誰もが彼の話に聞き入っていた。
そのように見えた。
ただ一人、彼の横を行く親友だけは、反応が違った。
分厚い魔法薬の専門書に読みふけっている。
隣の少年に話しかけられても軽く答えるだけで、顔を上げようとはしない。
この栗色の髪の少年こそが、ウィリアム・。
後に闇の帝王と呼ばれる少年の、親友である。
19.Lady Crystal【こら、廊下は走らない】
頭脳明晰、容姿端麗。
全く同じ身長で、外見だけ見ればまるで双子のような二人。
トム・リドルとウィリアムは、三年生ながら既に寮の中心的存在だ。
二人の行くところには、必ず人だかりが出来る。
話の中心になるのはもっぱらトムのほうで、ウィリアムは大抵本を読んでいる。
トムは、スリザリン生にしては珍しい、マグルの孤児院出身である。
しかし柔らかな物腰と豊富な知識で、誰も彼の血筋を気にする生徒は居ない。
対するウィリアムは、れっきとした純血家系の嫡男だ。
クールであまり話さないが、たまに見せる優しい一面に、虜になる生徒が非常に多い。
性格や生い立ちは正反対なのだが、何故か気が合う二人。
同室だという事もあって、二人はいつも一緒に行動している。
図書館前の廊下を曲がる時、ウィリアムはポケットに手を入れた。
金の長い鎖が、するすると出てくる。
「、それ何だ?」
目ざとい上級生が、ウィリアムに聞いた。
トムの目が一瞬鋭く光り、彼は立ち止まる。
ウィリアムのポケットの鎖を見て、ああ、と微笑った。
トムにつられて立ち止まった生徒達も、ウィリアムを見る。
視線を集めたウィリアムは少し迷惑そうな顔をして、鎖をポケットから引き出した。
鎖の先には、金色の丸いものがついていた。
「ただの時計です」
ぶっきらぼうにそう言って、彼は懐中時計のふたを開いた。
その豪華さに感動する周囲を尻目に、時間を確認する。
「トム、そろそろ夕飯の時間だ」
ウィリアムがそう声を掛けると、トムは微かに眉を動かした。
「もうそんな時間か・・・・・・どうする? 早めに行く?」
トムが意見を聞く先は、いつだってウィリアムただ一人。
取り巻きの生徒たちは、トムの言うことに何故か逆らうことができない。
例えそれが上級生であっても。
そして、この後のウィリアムの言葉はいつだって決まっている。
「お前の好きにすればいい」
満足そうに、トムは頷いた。
結局、トムの意見が採用されるのだ。
「よし、大広間に行こう」
歩き出すトム。
時計をポケットにしまいながら、ウィリアムも歩き出す。
周囲の生徒たちも、ざわざわと二人に従った。
集団が一斉に歩く音。
だから誰も、金の時計が落ちたことに気付かなかった。
その少し後、図書館の中では司書の先生が咳払いをした。
外の騒々しさがようやく去って、今まで溜まったイライラを吹き飛ばしたかったのだろう。
司書は顔を上げた。
「借りるの?」
「はい、お願いします」
レイブンクローの青いタイに、眩い金の髪がよく似合っている。
彼女は美しいだけではない。
青い鷹の寮に相応しい知識。
頭脳だけでなく、寮の花形チェイサーとして、クィディッチでの活躍も目覚しい。
そして、不思議な力を持つ『薔薇水晶』の守護者でもある。
シャロン・ロゼリアは、入学当初から全校の注目の的だった。
分厚い本を借り、図書館を出る。
借りた本の表紙を撫でて、シャロンは一人微笑んだ。
ずっと借りたかった本だ。
心を弾ませて、シャロンは廊下を歩く。
曲がり角に差し掛かったとき、彼女は廊下の端に光る物を見つけた。
丸くて、鎖のついている金色のもの。
「何かしら」
シャロンは近付いて、それを手に取った。
小さいけれど、結構な重量がある。
ひっくり返っていたものを表に返して、純金のふたに目を落とした。
ユニコーンの足元に王冠のように広がる、その血。
上からは蔦が、鳥かごのように紡錘状になって下りてきている。
有名な紋章だ。
「だわ・・・・・・」
家のことは、シャロンもよく知っている。
代々、魔法薬の権威として魔法界に君臨している、大貴族だ。
その金の懐中時計は家宝であり、大変価値の高い物として知られている。
シャロンは立ち上がった。
持ち主に届けなくては。
同学年に、家の嫡男がいること。
そして彼が、所属しているスリザリン生の集団の、その中心に居る事もシャロンは知っていた。
彼女が立ち上がり、本を持ち直したとき、声を掛けたものが居た。
「レディ・クリスタル、ごきげんよう」
「あら、サー・ニコラス、こんにちは」
サー・ニコラス、つまりほとんど首なしニックが、そこに浮いていた。
彼の言ったレディ・クリスタルとは、シャロンの愛称だ。
薔薇水晶の家系の令嬢であることからきているのだろう。
シャロンは一瞬、ニックの来た方向を見た。
「お尋ねします、ニコラス。スリザリン生の集団が、この辺りを通ったと思うの。お見かけしましたか?」
「スリザリン生・・・・・・」
ニックは、少し考え込むように視線をそらした。
「ああ! 居ましたよ! あちらの方に行きましたねぇ。彼らが何か?」
思い当たったニックは、朗らかにそう言って、一人頷いた。
ニックがシャロンに目を戻すと、彼女は二回、目を瞬かせて慌てて微笑んだ。
「返すものがあるんです。助かりました・・・・・・ありがとう、ニック。失礼します!」
膝を折って軽くお辞儀をし、急いで走っていく彼女の背に、ニックは呼びかけた。
「気をつけてくださいねー!」
「はーい!」
落ち着いているかと思えば、突然活発に行動を始める。
そんな不思議な少女は、ウィリアム・を追って走り出した。
紅、青、黄、緑
優しい黄昏の光の中、たくさんの生徒の声が、城中に広がっている。
光に髪を輝かせ、シャロンは廊下を走っている。スリザリンの集団が通った後の目印を辿って。
それすなわち、黄色い声で騒ぐ、女の子の固まり。
曲がり角では左右を見て、廊下を右へ左へ、たまにぐるりと一周見回して、階段を上へ下へ駆けていく。
ある角を曲がった時、目の前に突然、二本のお下げが現れた。
「わっ!」
「きゃっ!」
驚いて、双方気をつけの姿勢で立ち止まる。
シャロンは思わず、金の懐中時計と本とを胸に握り締めた。
相手は眼鏡の底の目を見開いて、なんと持っていた羊皮紙を握り締めてしまった。
「あぁ! レポートが!」
悲痛な叫びを上げた相手を見て、シャロンは驚く。
「マートルじゃない! 大丈夫?」
「シャロンー、危ないってばぁ」
弱気ないじめられっこが、珍しく抗議の声を上げた。
シャロンはごめんね、と手を合わせた。
マートルは茶色の長いお下げを、手でくるくると弄ぶ。
「まぁ、いいけどね。そうだ! ねぇ聞いて! わたしすっごい人見ちゃったわ!」
一転して興奮した調子のマートル。
シャロンは悪戯っぽい笑みで首を傾げた。
「珍しいわね、あなたがそんなに楽しそうなのは。なになに?」
向こうの壁には、華やかな笑い声を上げる肖像画。
マートルは身を屈める。シャロンもつられて身を屈める。
「噂の彼よ! リドルを見たわ!」
「リドル?」
シャロンは大きな目を更に大きく見開いた。
「リドルって・・・・・・あの、集団の中心?」
「そう! いっつも周りに阻まれて、見えないじゃない。さっきね、ここ通ったの! 男の子達の隙間から見えたのよ!」
きゃー! と歓声を上げるマートル。
二人の横を通った女の子の集団が、マートルを変な目で見た。
シャロンは、全く意に介さない。
「すごいじゃない! 格好良かった?」
「そりゃあもう!」
大興奮のマートルはシャロンの右腕を上下に振る。
「シャロンも絶対見るべきだわ! も、リドルに並んで引けを取らないくらい格好よかったわよ!」
「!?」
金の時計の感触を、やっと思い出した。
女の子が話に夢中になってしまうのは、いつの時代も変わらない。
「マートル、あの人たち何処に行ったか分かる?」
「へ? えっと・・・・・・夕飯食べるとか言ってたけど・・・・・・」
大広間だ。
シャロンはマートルを思い切り抱きしめる。
あ然として固まるマートルの手を握り、素敵な笑顔で言った。
「助かったわ! ありがとね、マートル!」
嵐のように去っていく背中。
「シャロンったら、のこと、好きなのかしら・・・・・・」
呟いて、手元を見る。
「あ! レポートぐしゃぐしゃ!!」
シャロンの気持ちとは裏腹に、階段はじっくりと、ゆっくりと動いていく。
やっと道が繋がり、大広間前のホールが広がった。
吹き抜けの天井に、靴音が反響する。
重い扉を開けて、中へ。
視線の先のスリザリンのテーブルには、たくさんの生徒に混じって、一際目立つ二人。
「見つけた」
取り巻きの集団は、相変わらずトムの冗談に笑っている。
朗らかに笑うトムの隣で、ウィリアムはつまらなさそうに食事をしていた。
二人とも顔がいい上に、行儀もいい。
話を振られて、不機嫌に返事をしたウィリアムの視界の端に、綺麗な女の子が見えた。
青いタイをしている。
人目を引く風貌だと思っていたら、その女の子はスリザリンのテーブルに向かって歩いてきた。
まっすぐに、ウィリアムの隣、リドルに向かって歩いてくる。
取り巻きの少年達がざわざわと囁き出して、リドルも彼女に気付く。
彼女を何でもないように横目で見ているのは、ウィリアムだけだ。
流れるような金髪が美しい。
長いまつげを携えた、大きな瞳で、彼女はリドルを見つめた。
形の良い、紅の唇が開く。
「あなたが、ミスター・?」
少年達が、ほうっと溜め息をついた。ウィリアムも思わず彼女に顔を向ける。
リドルは一瞬驚いたような顔をして、しかしすぐに微笑んで首を振った。
「残念、僕じゃないよ、レディ・クリスタル」
その言葉に、リドルの横で今度はウィリアムが驚いた。
彼女、シャロンは目を瞬かせる。
シャロンはリドルとの顔を知らず、ウィリアムはレディ・クリスタルの顔を知らなかったのだ。
「あら、失礼。それじゃあ・・・・・・あなたが?」
琥珀色の瞳が、ウィリアムを見つめた。
「あ、ああ」
呆然とウィリアムが答えると、シャロンはリドルには向けなかった微笑みを向けた。
ふわりと、花が咲いたような、微笑み。
「会えて良かったわ。落し物よ」
その手の平には、金色の懐中時計。
ウィリアムは驚いてポケットに手を入れた。
無い。
「何処でそれを・・・・・・」
シャロンはふふっと軽やかに笑った。
「図書室の前の廊下」
あの時か、とすぐにウィリアムは思い当たった。
シャロンの手の上の時計を受け取る。
「失くしたら大変なことになってた」
「でしょうね。今度から鎖はどこかに繋いでおいたほうがいいかもしれないわ」
ウィリアムは苦笑する。
彼の笑顔に驚いて、取り巻きはみんな目を見張った。
しかし、トムだけは終始、シャロンに釘付けだった。
「それじゃあ。お食事中ごめんなさいね」
シャロンはトムと取り巻きにも、惜しげもなく笑顔を向けた。
「いや、ありがとな」
「どういたしまして」
流れるような動きで、シャロンはレイブンクローのテーブルに歩いていった。
ウィリアムの手の中には、すっかり温かくなってしまった懐中時計。
隣には、すっかり黙りこくってしまった親友。
ウィリアムは一度だけ、レイブンクローのテーブルを見遣った。
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題名は香月潤さまからいただきました。
ありがとうございました。